馬場の「かとお」

馬場駅で久しぶりに「かとお」を見る。「かとお」は西原理恵子・山崎一夫「たぬきランド」1(実業之日本社 1999-02)にも登場するほどの「有名人」である。または馬場の「アイドル」とも言う(馬場駅の元主任、談)。


彼は僕が駅員のバイトをやりだした91年からすでに馬場駅の住人だった。馬場にいるプーが大抵異臭を放つ中、彼だけは臭いを感じさせないのが印象的だった。


小柄な彼のトレードマークは、頭の捻り鉢巻である。誰とも知れない乗客の流れに棹差すかのように、「おいらは・・・(聴取不能)・・・でござんす」と言って「おひかえなすって」のポーズを取る。どうも「かとお」なりに問題意識を持ち、世の中に対して啖呵を切っているようだ。むろん、彼の動きに足を止める人などいるはずもなく、ただ自分の目的を果たすためにJRの改札に向かい、あるいは地下鉄への階段を下りていく。だが同じ馬場のプーの「とみなが」(異臭あり)と違って、乗客に危害を加えることはしない。


彼は馬場駅のそば屋に行くと「盛り蕎麦」をテイクアウトできるという特権も持っていた。僕が改札に入っている時、「かとお」が駅そば屋に入っていくのを見た。

「あー、かとお、まずいよ」

と思ってみていたのだが、出てくるときに頭の上に盛り蕎麦(蕎麦つゆの瓶付き)をおし戴いて出てきたのにはさすがに驚いた。蕎麦担当の人にも結構可愛がられているのかも知れない。


「かとお」はレモンハイが好きだ。朝、改札に入っていると、手配師のオヤジからもらった小遣いをもってキヨスクに行き、レモンハイを買う。そのレモンハイを持って、なぜか改札にやってくる。そして「かとお」はおもむろに駅員に向かって深々とお辞儀をし、

「ういーーっす、おはようございます、かとお、いただきます」

と言ってクイッと酎ハイをあおる。何とも幸せそうな一瞬だ。


時には「かとお」は改札にやってきて、もらった小遣いを駅員に見せびらかす。何と言って見せびらかしているのかは聞き取れないのだけれど。こちらが「あ、そう、よかったな。」と言うと「かとお」は小さい顔をくしゃくしゃにしてニヤッと笑顔を見せる。彼の顔を近くでよく見ると、小柄で可愛らしい体格とは違う、確かに歳月を経てきた彼なりの軌跡を感じる。


西原の本では「かとお」の寝床は馬場駅近くの公園ということになっているが、僕の知っている頃の「かとお」は、その公園のシマの所属ではなかったようだ。僕が知っている頃の「かとお」は、東京○菱銀行の前に布団を敷いていたようだった。プーにもいろいろと縄張りがあり、縄張りを侵して食べ物をあさることはできないんだと、さっき出てきた駅の人から聞いたことがある。雨の日には、駅のコンコースの中に布団を避難させていた。


「かとお」は以前に比べてずいぶん痩せた。酒ばっかり飲んでるんだから、痩せても仕方あるまい。でも一時期は大丈夫か?とも感じられる程だったし、しばらく姿を見せなくなったりもした。「かとお」は時々馬場から姿を消す時期があるので、どうもその時期にはホームレス収容施設のお世話になってるのかも知れないが、詳細はよくわからない。


ある日、駅員のバイトに入っている時、駅に救急隊が来て、

「要請があったんですけど・・・」

と訊かれた。
事務室に尋ねてみるが、それらしき人はいない模様だ。どうも誤報だったのか、ということで救急隊が帰ろうとしたとき、駅の入り口付近で「かとお」が








「おり(俺)だ、おりだあ」


と言って救急車に自ら乗り込む姿を見つけてしまった。どうも「かとお」みずから呼んだらしい。その救急車はしばらくその場にとどまっていたが、約10分後、いずこへか向かって発車した。彼はこのようにして健康を管理しているらしい。

駅のバイトを辞めた今でも、「かとお」の姿を見かけると、つい微笑んで、声を掛けたくなってしまう。けれども、制服・制帽を着ていない僕を認識することもあるまい、と、やはり乗客の流れに流されて、僕も「かとお」が啖呵を切る「姿の見えない乗客」の一人となって、ホームへ向かう。