「改札の安蛍光灯」

結局『罪と罰』の歌詞カードを見ながら椎名林檎の曲を聴いている。その中に「改札の安蛍光灯は」という言葉が出てきて思い出したことがあった。

昔、駅でバイトをしていた頃、よく泊まり勤務をやっていた。駅の勤務というのは基本的には朝から翌日朝までの一昼夜だ。で、正規の職員のローテーションの都合などでその勤務を僕たちバイトが担当することもあった。バイトは一昼夜の勤務は労働条件の面からできないので、朝9:00~18:00までを「日勤」、18:00~翌日9:00までを「夜出」として働いていた。

夜出は、最初の頃は18:00から終電(平日は0:49)まで勤務して就寝し、朝6:30ごろから9:00まで働くシフト(遅番)だったのだが、ある時から18:00~23:00まででその日の仕事を終えて就寝し、翌日4:00頃起きて初電から勤務するシフト(早番)に変わった。

駅には結構いろんな設備が整っている。僕が勤務していた駅には、休憩室、ロッカー室のほかに風呂が二つ、寝室は二段ベッドの部屋と畳の部屋とがあった。その日の仕事が終われば風呂にも入れるし、ふとんでも眠れるのだ。

だがそう長いこと眠れるわけでもないので、朝起きるのはなかなか大変だ。特に早番の時の冬の朝は結構辛い。薄っぺらい制服のコートでは防げない寒さに震えながら、冷たい水で濡らした雑巾で手すりなんかを拭いたりして、初電までの準備をする。ホームには、普通のサラリーマンは着ないようなジャンパーを着た中年の男や朝まで飲んで疲れ切った顔を見せる学生たちが、眠そうな顔をしてまだしばらくは来そうにもない電車を待っている。

まだ夜が明けきらないある朝、乗換改札の事務室の窓から見える山手線のホームの蛍光灯が、ずいぶん暗く見えた。
「どうして蛍光灯あんなに暗いんですか。JRは電気代ケチってるんですかねえ。」
と傍にいた職員の人に訊いてみた。
するとその人は、
「寒いから蛍光灯が暗くなってんだよ。」
と教えてくれた。

言われてみれば、確かに冷え切った部屋で最初に電気(蛍光灯)をつけたときは、心なしか暗いような気がする。特に外気に晒されているホームでは部屋よりもさらに暗くなるのだろう。くわしい原理はわからないんだけど。

その時以来、夜明け直前の薄暗い空の下、冷たく暗く灯った駅のホームというイメージが、僕の中で冬をイメージさせる光景の一つとなった。

「頬を刺す」ほどの冷気の中で見た「安蛍光灯」のことを、この曲を聴いているうちにふと思い出した。