夜の名残。

なんとなく雨の降りそうなじっとりとした風を浴びながら、自転車を走らせる。すっかり静まりかえった駅前に自転車を駐め、始発の電車に乗り込む。冷房がよく効いてて、ひんやりと汗を冷ます。同じホームから乗った人たちの酔いは、眠気へと変わっていく。窓の外を見ると、電車の進んでいく方向に見える新宿の超高層ビルが、少し赤みがかってくる。

お仕事の書類を届ける。ほんとうは前日の終電で届けようかと思っていたんだけれど、仕事が終わるのが終電ぎりぎりになってしまった。早く仕事を終わらせて布団に潜り込みたかったのだけれど、今から出て電車がなくなるくらいなら始発の方がいいやと思い直し、もう少し起きていることにした。

書類を無事に届け、帰途につく。ふだんはあまり馴染みのないこの街では、きっと舞台やライブ帰りの人たちが明け方まで飲んでいたのだろう。ほかの街よりも少し夜更かしをしてたその名残を、清掃車が次々と消し去る。

改札口では、若いカップルがいつまでもペタペタとくっつきあっている。その脇をすり抜けて、駅のプラットホームに向かう階段を上る。ホームには、まだ夜の名残が残っていた。飲み疲れて赤い顔をした若い男女の集団。ワイシャツを着て早起きに疲れた中年の男たちが、その脇にたたずむ。けだるい空気を、朝焼けが突き刺す。

その朝焼けを遮って、電車がホームに滑り込む。開いたドアからは冷気が漏れてきた。ひんやりと冷たい。まるで冷気を漏らさぬかのように、ドアが閉まる。

始発の駅とこの街の駅から乗り込んできた夜の人たちは、途中の駅で次々に降りていき、車内は次第に朝の人たちの静けさが覆う。窓の外の方が、明るくなってきた。

終点の駅。自転車を駐めた時の夜の空気は、すっかり入れ替わっていた。人々は、もうせわしなく動き始めていた。早くしないと、駅前の自転車も持ってかれそうだ。鍵を外し、再び自転車を漕ぎ出す。泥のように眠ろうとする頭をなんとか目覚めさせて、ペダルを漕ぐ足に力を込める。

空の半分は、朝になった。「全部が朝になってしまう前に、布団のなかに潜り込もう。」そう思いながら、怠い身体を動かし続けた。公園脇の坂を登る。家は、もうすぐだ。