屋台

僕の使う駅のロータリーの所には、平日の夜になると屋台が出る。赤提灯がついている。いつも気にはなっていたのだが、一人で屋台にはいるにはちょっと勇気がいる。だが飲んだ帰りでちょっと気が大きくなっていたせいか、この間初めて入ってみた。

その店はラーメンとおでんの店だった。おでんにはやっぱり熱燗。でも一人でそんなに長居するつもりもなかったので、ラーメンにした。ラーメンにもチャーシュー麺をはじめいくつかのメニューがあったが、ここはオーソドックスな「ラーメン」にしておいた。

お祭りなんかに出ている屋台でもそうだが、ちゃんとしたご飯としてではなく焼きそばやたこ焼き、ラーメンを食べるのはどうしてあんなに旨いのだろう?つまみ食いした天ぷらが美味しいのと同じ心境なのかもしれない。屋台の透明なプラスチックパックに入っている焼きそばが「晩飯」だと言われると、途端に貧相な食事に思えてしまうのだが、それが「つい買ってしまった」物である限り旨いのだ。

この法則に違わず、やっぱりここのラーメンも旨かった。今考えてみると、味はまあまあと言ったところだろう。醤油味でそれほどインパクトはないが、飲みの後にはむしろちょうどいい。まあ旨いラーメン屋程ではないが・・・といった感じだ。

ただ寒風吹き荒ぶ中、ビニールシートで囲われた屋台でラーメンを啜るという、そのシチュエーション自体が旨さをかき立てている。

客は、僕以外に同じ電車で降りてきたサラリーマンが一人。彼もそれほど屋台が似合うという感じではない。むしろ屋台の後にあるFamily Martの袋を下げている方が似合うといった風体だ。

僕が横目で屋台の様子を覗いてた時には、常連みたいなおっさん連中がくだを巻いているばかりだと思っていたのだが、実際にはそうでもないようだ。

その後大学生らしいカップルも入ってきた。彼らもラーメンを注文した。店のおやじは黙々と麺を茹でている。ラジオからは、落ち着いた女性とスローペースな男の声が聞こえてくる。普段僕がまず聴かないような人生相談だ。屋台のビニールシートの中は少しずつ湯気が立ちこめていく。

麺を食べ終え、スープを3分の2ほど飲んで、僕は勘定を済ませ、屋台を出た。

外から屋台を眺めてみると、今まで想像していた取っつきにくい常連の姿はなかった。客はみんな、一人か二人でこの街に住んでる人ばかりだ。実は、僕が想像していた屋台の客など、もういなくなってしまっていたのかもしれない。それでも、独りでもやっぱり、屋台には引き寄せられるのだ。

午前零時を半時間ほど過ぎた頃、終電の数本前の電車でこの駅に帰ってきた。今日も「ラーメン」の赤い提灯が出ていた。ビニールシートの隙間からそっと中を覗いてみたら、みんな独りで、あたたかそうなラーメンを啜っていた。立ちこめる湯気を横目で見つつ、僕は自分の部屋へと自転車を走らせた。