青いマグカップ。

珈琲や紅茶、牛乳を飲む時、僕はほとんど毎日、青いマグカップを使っている。僕はそうとう物持ちのいい方で、このマグカップも、ほとんど毎日使ってるわりには、壊しもせずずいぶん長い付き合いになる。

このマグカップを買ったのは、もう13年も前になる。今の彼女と付き合いだした頃、僕は大学の近く、都心の閑静な住宅街にある寮に住んでいた。彼女は埼玉の方に住んでいたので、二人が会うのは池袋が多かった。よく東急ハンズなんかに行っては、家具や収納品、雑貨のコーナーなんかをぶらぶらしてた。僕は、そういう場所が好きだった。

その日、もう季節は忘れてしまったけれど、その日も、僕たちは池袋をのんびりと歩いていた。東急ハンズより少し池袋駅寄りに、今はもうなくなってしまったけれど、ミシンのブラザーが経営してる雑貨屋さんがあった。その日、僕はその店の前に籐の籠に無造作に入れられ、二束三文で売られていた青いマグカップに目が留まった。


僕はそれまで、黒のマグカップを使っていた。ディズニーランドで買ったマグカップ。もともと人にあげるつもりで買ったものだったのに、いろいろあって、結局その人に渡すことができないまま、自分で使い続けてた。そのカップを使うたびに昔のことを思い出しちゃって、ほんとうは少しつらかったんだけれど、そのカップやカップにまつわる記憶を手放すことがどうしてもできなくて、ずっと使ってた。


僕の目にとまったそのカップは、やや薄みがかった柔らかい青をした、シンプルな形のマグカップで、大きさも手頃だった。そしてなんと言っても、ほんとに安い。二束三文。確か150円とか200円とか、そういう値段。「これ、すごく安いけどけっこういいよねえ?」僕の言葉に、彼女は「いいね」と応えた。僕は「じゃ、買っちゃおう」と言ってそのカップを手に取り、そのままレジに持っていった。

買い物をする時にはいつも迷いまくっているこの僕が、こんなにあっさりと買うって決めたことに、自分のことながら少し驚いていた。でもそういう時に働く直感って、案外的確なのかもしれない。それから13年経った今でも、僕のお気に入りカップとして毎日珈琲を注がれている。そしてそれからというもの、黒いマグカップを見て昔を思い出すってことも、いつの間にかなくなっていた。それでよかったのかもしれないなと、今では思ってる。