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店長はどのくらい規則を守るべきか。

吉本ばなな氏が仲間と居酒屋に行った時、おみやげのワインを開けたことが店からとがめられたって話が、じっぽさんのところで紹介されて以来、いろんなところで話題になっている。

活字中毒R。

ここで踏まえておくべき状況は以下の通り。

  1. ばなな氏らの持ち込んだワインはおみやげのデザートワインで特別な意味合いを持つもの。
  2. ワインの栓を開けた時にはもう他に客はいなかった。
  3. そこで、こっそりとワインを飲もうと思って、店員にグラスを持って来させた。店員の女の子は開けることを認めた。そればかりか気を利かせて余分なグラスを持ってきてくれた。
  4. 若い店長は店員を客に聞こえるほど大声で叱った。
  5. のみならず店長は客であるばなな氏らに対しても「きりがないんです」と説教を始めた。


その後に続くばなな氏の文章は、正直あんまり感じがよくない。そこはだいたいみんな共通した印象を持っているようなんだが、店長の行動の評価をめぐっていろいろと見解が出ている。いろんな人が言及しててもういちいちそれを追ってはいられないからブックマークでも見てたどってください。

はてなブックマーク - よしもとばななさんの「ある居酒屋での不快なできごと」 - 活字中毒R。

評価は大きく二つに分かれていて、店長の対応は当然だというものと店長の対応はねーよなというもの。で、ばなな氏の特別扱いを求めるような文章への反発からか、店長もまた労働者なんだからマニュアル対応以上のものを求めること自体が間違ってるなんて意見も出てきている。

ただ、この一件をめぐるいろんな人の話の中で僕がちょっと違和感を感じるのは、店長や店員は本部の規則を守るだけの存在なのかって点だ。

この話を店長の裁量権をめぐる話だと解するなら、確かに大手居酒屋チェーンの店長にそんな裁量が与えられているはずはない。そういう点で店長は確かに労働者だ。けれども、労働者だからこの店長の行動が当然だという論理に、僕は納得しない。

逆に店長が労働者だとするのなら、店長は果たしてこの件のように本部の規則をここまで杓子定規に店員に守らせる必要があるのか。労働者であるところの店長が、店内のあらゆる場面、あらゆる状況に至るまで本部の意向を貫徹させる状態を維持し続けるほどのペイを得ているとも、また思えないのだ。

もちろん居酒屋に持ち込みの規則があるのはわかるし、その規則を守って店を運営するのが店長の仕事でもある。けれども、他に客が誰もおらず、店とお客にとって本部の規則をスルーすることが大局的にもベターであるような場合に、あえて本部の規則を貫徹させようとするような対応を、なぜ労働として行わなくてはならないのか。これこそが「疎外」だと思うし、その意味ではばなな氏の「役所みたい」だという感想は理解できる。

つまりこの件は、店長は客側の空気を高度に読んでいくような割に合わない感情労働を強いられねばならないとかいう話ではなく、もっといいかげんに本部の規則の運用をやってればすむ話だった、別の言い方をするなら、「遊び」をもった規則の運用を行うべきだったという話に尽きるような気がする。店員の女の子はそれができたが、店長はそれができず、あまつさえ客に不快な思いをさせた、ということなのだろう。