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しかしおもしろいな

突然のホットエントリ入りで、今まで開店休業状態だったブログのアクセス数が3桁増えた。ちょうど仕事も一段落ついたところだし、ブログを再開するにはいいきっかけだった。

今回ブコメでいろんな意見を見ることができて、なかなかおもしろかった。で、まず思ったのは、案外土居氏の議論に乗ってる人が多いんだなという印象を持った。確かに地方への過剰な公共事業は、諫早湾干拓長崎新幹線など(おっとどれも長崎だw)ずっと批判の対象になっている。だから地方に税金を投入すること自体に批判的な立場の人が多くなってるのかもしれない。そういう意味では、「公共事業肯定論」への反射的な拒否じゃないのかと想像する。ただ僕はそんなこと一言も言ってないので念のため。

けれども必ずしもこれが人々の「経済リテラシーの高まり」かというと、ちょっと違う気がする。「地方はお荷物」「都会が地方を食わせている」意識の垂れ流しでしかない意見がけっこうな数を占めていた。こういう垂れ流し系の意見に対しては、都市の自立性に関するこの意見。
id:gerongcha 都市は労働力を生産できないから単独では存在できないよ。都市の存続には必ず労働力の供給源として地方が必要になる。国内である必要はないけど。
というブコメが参考になる。実際、高度成長期には東北などから若い労働者が大量に流入してきたおかげで首都圏の経済は発展していったわけだし、90年代以降も東京だけは移入人口が増え続け、東京の経済規模は維持されている。労働力だけでなく水資源や電力も地方から供給されている。いわば地方は労働力を供給する植民地であり、巨大化した本国が東京であるとも言えるだろう。都市が周辺地域に支えられて初めて成り立つっていうのは、考えてみれば当たり前のことなんだな。現代だって、労働力としての移民促進論が現在の経済界の一部で主張されてるわけで。

重要なのは、戦後の経済発展は集権的な中央政府による政策誘導的な側面が強いということだ。つまり経済的な原理のみに基づいて都市への人口集中が起こったわけではないということ。だから、経済学的な原理だけでこの現象を理解しようとするのは、歴史的な経緯を無視してるということになる。

次に、自分が転勤族一家や移住を繰り返したから、故郷なんて感じないという個人的感想がいくつかあった。別に個人的感想の表明にとどまっている限り文句もないのだが、それは各人の価値観であって人に押しつけるものではない。そもそも僕自身が親の転勤で引っ越しを繰り返してきたし、しかも母親の故郷はかの軍艦島で、すでに人の住む場所としては失われている。さらに言えば、僕はもう東京に住んで20年になるので、正直地方のことの方がわかってないんじゃないかとすら思っている。けれども、「今さら移住できない」という高齢者の論理は、そういう個人的事情とは関係なく考えていくべき問題だと思っている。

なんか散漫になってしまったけれど、書き始めるときりがないのでこの辺で。