九州ブルトレの廃止と在来線鉄道網

3月14日のダイヤ改正に伴い、寝台特急富士・はやぶさが廃止された。

ニュースでも大きく取り上げられたが、実はこの日東京駅に最終列車を見送りに行ってきた。九州出身の人間にとって、九州ブルトレは地元と東京とをつなぐ絆のような意味を持つ列車で、だからこそ、ただの列車の廃止とは違った意味を僕は感じていた。

だが実際に東京駅に行くと、予想はしていたもののそれ以上に人が多くて、最後の東海道本線優等客車列車をしんみり見送るという感じにはならなかった。この二日前にやはり東京駅で見送ったのが、しみじみと出発の風景を味わうことができた最後だったようだ。

ところで、東海道寝台列車についてこんな文章が目に留まった。

JR各社が夜行寝台列車に不熱心だった理由はいくつかある。

  • 新幹線や航空機の台頭により、移動手段としての優位性を失った。
  • JR4社に跨り、調整が面倒。
  • 夜行列車以外の客車列車が廃止され、夜行寝台のためだけに電気機関車を抱え、機関士を養成するコストが割に合わない。
  • 選択と集中

私は、「選択と集中」によるものが大きいと考えている。前の3つは、いくらでもカバーできる要因に過ぎない。つまり同じ努力をするなら、各社とも新幹線や都市圏での増収策を講じた方がはるなに増収余地があるからである。確かに、夜行列車を採算ラインに乗せることは可能だが、得られる利益はほんの僅かであろう。僅かな利益のために経営資源は使わない。黒字の事業でも止めることがあるのが「選択と集中」の考え方であるから。

企業経営の理論に対して批判の余地が許されない昨今の情勢であるが、そんなことのために日本の観光資源の有力ツールが潰されるのである。
「時代の流れ」という無責任な言葉が飛び交う中廃止されるブルートレイン - Munchener Brucke

この意見に対して、こういう見解が示された。

ここには3つの主張が含まれる。

1. 東京から九州方面への寝台列車の需要は必ずある。
2. 高級化路線で差別化すれば採算に乗せる事ができた。
3. 乗車率が低下したのは陳腐化した車輌により続けていたからに過ぎない。


1には全く同意する。時間がかかってもいいから寝て移動したい、とか、寝台列車という非日常の空間で旅を楽しみたい、という需要は必ずあるに違いない。

しかし、2はどうか。採算というのは要するに投入した費用と収入との関数であり、どの程度列車に投資すればどの程度の収益が見込まれるのかということについての背景情報がないことには何とも判断できない。情報不足なので、判断を差し控えたい。ところで、北海道方面の寝台列車って採算とれているの?

で、全く同意できないのは3だ。陳腐化した車輌のせいで客を逃がしたという側面はもちろんあるだろう。しかし、寝台列車が長距離移動の主役を担っていた時代に比べれば、空路も道路も目覚ましく発達していて、その時代の流れが寝台列車から客を遠ざける主要因だったのだろうから。一歩譲って、車輌の陳腐化のほうがより大きな要因だったとしても、「に過ぎない」という言い回しですっぱりと外的要因を振り捨ててしまうのはいかがなものか。

(中略)

路面電車の廃止は(どちらが原因でどちらが結果かということはさておき)自動車依存型社会の進展と密接な関係があり、後者は近年さまざまな観点から批判に晒されている。一方、寝台列車の廃止に伴うデメリットがここで挙げられているように「日本の観光資源の有力ツールが潰される」ということだけなのだとすれば、それは大した問題ではない。我々は無批判でいい、と言ってしまうと語弊があるかもしれないが、少なくとも優先度がより高い課題が山ほどあることは確かなのだから。

これも時代の流れか…… - 一本足の蛸

東海道ブルトレは、80年代にロビーカーや食堂車の改装などが行われたが、90年代以降は放置され、その後は事実上安楽死への道のりであったと言える。ただ、この安楽死をどう考えればよいのか。両者の論点はこの点でややずれているようにみえる。

かつての花形であった東海道本線の伝統を受け継ぐ寝台列車、という点で言うならば、確かに九州ブルトレは、北斗星やトワイライトのような本格的な観光列車化は行われなかった。最終列車2日前に見送りに行った際に感じたのは、B寝台の乗降口付近のトイレ臭さや車体の傷みだった。昨夏に乗車した際にも感じたが、車両としての衰えはもはや覆い隠すべくもない。テツならともかく、若い女性が旅行の選択肢として九州ブルトレを選ぶことは、あのありさまではちょっと考えにくい。その意味では、kechack氏が指摘するように、JR各社のヤル気がなかったという面は否定しようがない。僕自身、観光列車化に九州ブルトレ存続の可能性を考えたこともあった。ブルートレイン大幅削減。 - うさたろう日記 はてな版。

一方、寝台列車の乗客数の減少は、1980年代以降続く傾向であり、その点ではtrivial氏の指摘は妥当だ。ただ、JR化後の寝台列車の「安楽死」は、単に「時代の流れ」だけではない要因がある。そもそもブルートレインというのは、「寝台列車」であると同時に「夜行列車」でもある。僕は「寝台列車」の廃止よりも、「夜行列車」の廃止という側面の方に、国鉄が解体されて成立したJR6社体制の、構造的な問題を見てしまうのである。

夜行列車ネットワークの解体と新幹線

現在僕の手元にある『ブルートレイン大百科』(小学館コロタン文庫22 1981年[第2版])によると、東京口ブルトレが9本、大阪口ブルトレが8本、上野口が8本。さらに583系電車寝台が大阪口に3本、上野口に4本。すでに斜陽期に入った1980年代初頭においてもなお、計32本の寝台特急が毎晩、東京・大阪・上野から出発していたのだ。さらにこの本には収められていないが、夜行急行として銀河や津軽・八甲田、きたぐに、かいもん・日南などが走っていたわけで、この当時にはまだ夜行の一大ネットワークが機能していたわけである。

こうした夜行列車ネットワークは、しかし東北・上越新幹線の開通、飛行機旅行の普及などにより、JR体制の成立の頃から急速に縮小していく。現在では、東京発の寝台列車はわずかにサンライズの1本を残すのみ。大阪発が日本海・トワイライトエクスプレスに急行きたぐに、上野発が北斗星カシオペア、あけぼの、北陸の4本。九州のドリームにちりんを加えても、たった9本だけになってしまったのである。

こうしたネットワークに代わる存在と考えられているのが、新幹線である。東海道新幹線では、1時間当たり9本もの列車が運転されているとされる。例えば3月19日(金)の7:00〜8:00の間に新大阪に行こうと思うと、以下のような新幹線が有効列車である。

のぞみ201号 7:00発 新大阪行き
ひかり461号 7:03発 岡山行き
のぞみ7号  7:10発 博多行き
のぞみ151号 7:13発 博多行き
のぞみ203号 7:20発 新大阪行き
のぞみ9号  7:30発 博多行き
ひかり503号 7:33発 新大阪行き
のぞみ205号 7:40発 新大阪行き
のぞみ313号 7:47発 新大阪行き
のぞみ103号 7:50発 広島行き
のぞみ207号 8:00発 新大阪行き

この時間に限っては、実に11本もの列車が有効列車である。座席の確保もままならないかつての東海道線の状況に比べると、5分も待てば次の列車に乗れる現状は確かに雲泥の差である。

しかし、こうした便利な状況はあくまで幹線に限った話であって、九州新幹線東海道新幹線に乗り入れないとされているように、新幹線ネットワークは必ずしも全国をつなげるネットワークとは言いがたい。特にそれを象徴するのは、新幹線の開業によって実施される並行在来線の廃止であり、これは各地を細やかに結んでいた在来線鉄道網を寸断するものである。18きっぷを使えば、信越本線東北本線鹿児島本線が寸断されている状況を否応なしに感じさせられる。

地域会社化の問題

新幹線導入のかわりに並行在来線を切り捨てるのは、長野新幹線以降のJRのやり方だが、これは民営化したJRに過大な経営負担を強いないための措置であるとされている。つまり国鉄民営化が、在来線鉄道網の寸断をもたらしたと言える。

だが、国鉄が地域会社へと分割されたということも、実はこうした在来線鉄道網の寸断に少なからぬ影響を与えているのではないか。

地域的に分割された旅客鉄道各社にとって、新たに建設される新幹線の並行在来線は、単なるローカル線に過ぎない。もちろんJR貨物の貨物列車の通過などの問題はあるのだが、経営判断としては、国鉄時代に位置づけられてきた幹線としてではなく、単なる一ローカル線としての処遇しか行わなくなるだろう。それはつまり、その並行在来線が幹線たることによって維持されてきた、全国規模での在来線鉄道網の放棄を意味する。

各地域ごとの旅客会社にとってはローカル線でも、全国的に見れば主要幹線を構成するということは十分にありうる。貨物輸送などは、そうした在来線鉄道網に支えられて初めて機能しうるのであり、こうした路線が旅客会社によってローカル線だと切り捨てられてしまうと、全国的なネットワークは崩壊する。

こうした問題が起きてしまうのは、もちろん民営化に拠るところもあろうが、それ以上に、地域会社化がもたらした負の側面ではないか。

考えてみれば、分割民営化されたわけだから、自社エリアのなかで利益の拡大を目指すのは会社の経営判断としてはきわめて合理的な話であり、例えば首都圏のJRでは東北や山梨・長野への観光は積極的にPRしているが、名古屋や伊勢などの宣伝はまずもって見たことがない。JR東日本は首都圏では圧倒的な影響力をもっているので、JR東海などは京都キャンペーンなど相当CMに力を入れている。そしてはなから諦めているのか、JR西日本のCMは首都圏ではめったにお目に掛かることはない。

この地域会社化が、夜行列車の存廃にも少なからず影響を与えている。3社以上またがりの夜行列車は、明確に観光列車として位置づけられているトワイライトエクスプレス北斗星カシオペアを除けば、サンライズくらいしかない。一方でほぼJR東日本管内のみの夜行列車は、ごろんとシートを導入したあけぼのや、大幅な個室化によりフリーきっぷの有力な一選択肢としての地位を確保する北陸が生き残っており、夜行列車としてそれなりの意義と役割とを与えられている*1。さらに急行能登なんていう、濃厚な昭和の香り漂う列車もしぶとく生き残っている*2

しかし九州ブルトレは、どの会社が主力となって支え、テコ入れし、新たな価値や魅力を付与していくのか、おそらくは何らのビジョンもないまま、静かに終焉へと向かっていった。


在来線鉄道網の再評価と夜行列車。

新幹線が新設されると、確かに駅周辺の地域は遠くの大都市と結ばれ、便利になるだろう。しかし、膨大な負担や並行在来線の廃止と引き替えにするほどの価値があるのか。また全国的な視野で見た時、地域ごとにブロック化したJR各社の経営判断で、並行在来線が廃止ないしJRから分離され、在来線鉄道網が寸断されることが、はたしてよいことなのだろうか。

僕は、これ以上新幹線網を整備するよりも、在来線鉄道網を見直し整備した方がよいのではないかと考える。確かに線形が悪く、スピードアップにとってボトルネックとなっている区間も存在し、そうした区間は改良の必要性もあると思うが、そうだとしても、新たなシステムとして新幹線を導入するよりも、在来線鉄道網を活用した方がはるかに安上がりであろう。

特に貨物輸送に関しては、鉄道はトラック輸送よりも遙かにコストも低く環境負荷も少ない。長距離貨物輸送については、今後は鉄道にシフトしていくべきだと考えるが、そのためには在来線鉄道網の維持が欠かせない。また多すぎる空港を再編した上で、広域の地方ハブ空港から各地方都市を結ぶインターシティ特急の導入といった、これから先に起こりうる交通体系の再編にとっても、在来線鉄道網はその底力を十分に発揮する。

このように、在来線鉄道網の価値が再評価される時、かつての夜行列車のネットワークもまた、見直されることになるのではないだろうか。その時復活する夜行列車は、ブルートレインから新幹線にシフトしたような、高い料金で高レベルのスピードとサービスを求める人々ではなく、そこそこのスピードとサービスで、その代わり低廉な料金で十分だという人々のニーズに応えるような、座席車と寝台車の併結列車になるだろう。ある意味では、かつてブルートレイン登場以前に主力であった急行列車のようなものに回帰するのかもしれない。

もちろん豪華寝台列車もあってよい。そうした列車は、在来線鉄道網の魅力を引き立ててくれるだろう。しかしこうした豪華列車は、あくまで在来線鉄道網があってこそ成立する列車である。在来線鉄道網の本当の価値は、全国津々浦々へとにかく安価に、そして確実に移動ないし輸送できるということに尽きよう。すでに張り巡らされているこうしたネットワークをわざわざ分断することはないし、今からでも十分に活用できると、僕は考えるのである。

追記

併行在来線第三セクター化の問題に触れてなかった。

信越本線の場合は横川-軽井沢間の廃止というドラスティックな形をとったが、東北本線は盛岡‐八戸間が、鹿児島本線は八代‐川内が、それぞれ第三セクターの鉄道に経営が移管された。JR貨物第三セクター会社に利用料を払って貨物列車を運行しており、寝台特急北斗星カシオペアも同様である。したがって、もし第三セクター会社の赤字がかさみ廃止となれば、東北本線鹿児島本線は物理的にも分断される可能性が出てくる。

*1:そういう意味では、現在残っている寝台列車が全て、比較的寝台列車に冷淡だと思われていたJR東日本管内に関係しているのは興味深い。

*2:この列車がこれから先も生き残るかどうかはかなり微妙なところだが。