「成長が実感」になる前に。

政府・与党は秋以降に税制の見直しを進めていくなかで消費税についても検討する、てなことを言いはじめた。消費税を上げなくてもすむ方向で、なんて安倍首相は言っているが、消費税以外の税について具体的に何にも言わないなかで消費税だけ「できれば上げずに済めば…」というのは、要するに「上げることになりました」とするための言い訳に過ぎない。

消費税のような間接税は、低所得者層ほど負担が重く高所得者ほど負担が軽くなる逆進性をもつのはよく知られているところだ。小泉政権下においては「格差なんて大したことない」というような認識のもと、市場原理主義政策を推し進め、「格差社会」を現出させた。

ただ、安倍政権では経済政策について何らかの確固たる方針があるようには見えない。安倍首相の右翼的かつ国家主義的傾向、すなわち「大きな政府」をめざす動きからすると、彼の経済政策についてもむしろ小泉政権下のような市場原理主義政策とは相容れないのではないかということが、すでに指摘されているようだ。

そういうなかでの消費税発言。これは一体どういうことなんだろうか。彼が自らの政治理念にもとづいて経済政策を大転換、弱者への積極的救済に乗り出す…という可能性は、たぶんないだろう。もしそういうことを考えているんだったら、たぶん参院選の目玉の一つとしてマニュフェストに載せるはずだ。それを載せないということは、おそらく消費税の増税自体は財務省ないしこれまでの市場原理主義者らの意向が反映されたのだろう。

すなわち、参院選中に「消費税増税はしない」なんてことを口走っちゃったら、秋以降の税制改革において消費税増税を打ち出すことが公約違反となり、野党や世論の批判を浴びて支持率低下、結局税制改革も進まず、ということになりかねない。そういったことを防ぐために側近が安倍首相に口止めしたのを、ついつい喋っちゃった…というところくらいが真相なのではないだろうか。

けれども、今でさえ定率減税の廃止や住民税の大幅アップで中・低所得者層の重税感は高まっている。一方で法人税は減税されたままだし、高所得者層も90年代の所得税の引き下げの恩恵を被っている。そういう状況のままでの消費税増税は、中・低所得者層の決定的な「安倍離れ」を招くだろう。小泉政権の時にさかんに喧伝されたトリクルダウンなんて、結局はまったく起こっていない。「成長を実感」にするためには、再配分のあり方を見直す以外、方法はないのではないか。

僕がよくわからないのは、安倍首相の政治理念と経済政策との乖離である。政治的理念としての国家主義的政策は、当然「大きな政府」を目指す方向となるが、「大きな政府」によって恩恵を受けるのは中・低所得者層である。したがって彼が自らの政治理念に対して支持を得ようとすれば、中・低所得者層への負担軽減を打ち出す必要がある。にもかかわらず経済政策は市場原理主義的であり、当然「小さな政府」を目指すことになるから、中・低所得者層には厳しい経済政策となる。彼の経済政策は、中・低所得者層には支持されないだろう。

一方安倍首相の経済政策は富裕層には支持されるだろう。しかし彼の戦前を理想とするような政治理念は、中国や韓国、アメリカとの間で無用な摩擦を生み出し、経済政策の有効性を阻害してしまう。その結果、安倍政権の政治理念は富裕層からは支持されないだろう。まあその阻害が大したものでなかったとしても、そもそも富裕層というのは人数で言えばごくわずかであり、票にはならない。

こう考えると安倍政権は、遅かれ早かれ、政治理念と経済政策をめぐる矛盾から自らの支持基盤を崩壊させ、結果的には崩壊に向かっていくのではないかという気がする。参院選が正念場だと言われているけれど、もし参院選を乗り切ったとしても、いずれ政策運営に行き詰まるだろう。そこまで行ってしまってから安倍政権が崩壊するのでは、消費税増税は行程に上がってしまう。それならば今のうちに…と僕なんかは思う。こういう矛盾を抱えているにもかかわらずうまくいくと思っているらしいところが、安倍首相が坊ちゃんといわれる所以なのではないだろうか。