東京ステーションホテル。

以前からここには泊まってみたいなと思ってはいて、ここでの結婚式にも出たことはあるんだけれど、東京に住んでるってこともあり、さすがに泊まる機会がなかった。でも、来年3月でいったん休館になり、建設当初の姿に復原することになっているので、ぜひその前に泊まりたいと相方さんと話して、こういう記念日にあわせて泊まることにした。

説明するまでもないけれど、東京駅の丸の内駅舎は辰野金吾の代表作の一つ。もともと新橋と上野の間には鉄道が通ってなかったんだけれど、南北に鉄道を通すことになり、また中央駅を設置することになった。最初は御雇い外国人バルツァーの設計だったが、辰野金吾が設計することとなり、現在の駅舎が完成した。その後、第二次大戦の戦災で大きなダメージを受けたが、復旧。ドームと3階部分を失う形で戦後の駅舎がスタートした。バブル期には駅舎の取り壊し計画もあったが、市民運動によって保存されることになった。

ところで復元計画は、戦災復旧である現在の八角形の現状を、辰野金吾が設計した戦前のドームに戻すというもの。もちろん、現状のままでは耐久性に問題があるというのは事実だから、何らかの保存策を講じなくてはならないのはわかる。そして、辰野金吾設計の当初の姿に戻すことにそれなりの意味があることも理解はする。近年の歴史的建造物の修復に際しては、創建当初の姿への復原も行われている。当然のことながら、駅舎を取り壊して高層ビルにするなんて計画よりは100倍マシだ。

けれども、ドームが現在のようなスレート葺きになってから、すでに約60年。ドームがあった頃の倍の年月を経ている。その歴史的な重みを、ドームの復元は無視することとなる。こちらで触れられているような原爆ドームに匹敵する戦争遺構かどうかは判断の余地があると思うけれども、現況で歴史的景観を構成してきたことは事実であるし、戦災から立ち上がった象徴があの屋根であることもまた事実だ。単なる改造ということならともかく、戦災とその復興という歴史的名意味を持つ造形を、単に「復原」ということで消し去っていいものなのだろうか。なるべく現況に近い状態で保存するべきではないのか。

このような思いもあって、今のうちに泊まっておかなければ、と考えたのだった。

ホテルの玄関口は、建物中央よりやや南寄りにある。案外こぢんまりしたフロント。その奥には、復原される駅舎の模型が陳列されており、その脇には、創建当初だというレンガ壁があった。

内装は、明治建築の集大成というイメージに反し、昭和的なイメージを喚起させるものだった。上記のような経緯をふまえればその通りなのだけれど、外側のイメージとの微妙なギャップが、また興味深かった。

部屋は、二階のレストランのすぐ脇。天井が高いせいか、恐ろしく広く感じる廊下を歩き出すとまもなくお部屋に。それなりに高い値段の部屋だったせいか、想像以上に広い。そしてなんといっても天井が高い。それが、開放感を生んでいたのかもしれない。お部屋の中は、ロビー同様、昭和を感じさせるインテリアと調度品。新しくはないけれども、それなりに手入れはされているよう。トイレとお風呂はユニットだけれどまあまあ広いしきれい。

正面の窓に映るのは丸ビル、右手には丸の内オアゾ。そして左手には、吉田鉄郎の傑作である東京中央郵便局のモダニズム建築。この場所でしか味わえない、贅沢な眺め。

そしてその眺めを提供する窓は、内側のサッシの外に、引上げ式の古い窓ガラス。これはいつからあるのだろうか?戦後の復興時からのものなのだろうか。赤レンガのこの建物が経てきた時間の流れを、こんなところにも感じた。

相方さんがまだ仕事だったので、しばらくベッドで横になって本を読む。やや寝不足だったせいか、少しうとうとする。決して新しくはない部屋。けれども、なんだか不思議と落ち着く。はるか昔、おそらく僕が物心つき始めた当時の雰囲気を思い起こさせるような、そんな調度に囲まれていたからかもしれない。

仕事を終えた相方さんと合流し、丸ビルで晩ご飯。初めて丸ビルに入った。お店は、焼酎の佐藤の黒が置いてあるっていうだけで決めた「魚新」ってお店だったけれど、思いの外美味しかった。

その後、宿である東京駅に戻り、バーに行こうとするもあいにくタイムオーバー。東京駅南口を上から見下ろすというなかなかできない経験をしたあと、部屋に戻ることに。あまりに眠くて、すぐに眠ってしまった。

1時を少し過ぎた辺りで目を覚ます。冷蔵庫からワインを引っ張り出して、窓際に陣取りちびちびいただく。真夜中だからこそ、この地区では工事をやっている。左手の東京中央郵便局の建物についてるライトアップされた時計が、午前1時半をさしている。オフィスには、まだ明かりの灯っているフロアがある。ぼんやりと、しばし時間を過ごす。

朝はレストランでいただく。まあ普通の朝食。オムレツはそこそこ柔らかい。それから、コーヒーが美味しい。つい、お代わりをもらった。そしてチェックアウト。お休みの日の丸の内は、実に清々しかった。